薮田地区での継承『浦安の舞』
氷見市薮田(やぶた)地区では、平成8年から垂姫(たるひめ)神社の元旦祭に、雅楽の音色に合わせて『浦安の舞』が奉納されている。氷見市内で10年間続いているのは、薮田地区だけである。薮田地区では、舞姫はその年の小学6年生の女の子がすることになっている。今年は7名の6年生がいるが、去年は6年生がいなかったため3名が5年生の時に舞姫となった。今年は、4名が去年の10月から本番に向けて練習に励んでいた1)。『浦安の舞』は、今年も1月1日 午前5時40分より神事のあと奉納され、地区の多くの人たちが参詣した。
『扇の舞』と『鈴の舞』
昭和15年に、平和な世を願って作られたという『浦安の舞』。今日でも神前神学舞として、全国では多くの神社で舞われているという。
薮田地区の元旦祭では、舞姫たちは花かんざしに巫女の衣装をまとい、前半は扇を使った『扇の舞』、後半は鈴を使った『鈴の舞』を舞った2)。
「天地の神にぞ祈る 朝なぎの 海のごとくに 波立たぬ世を」
昭和天皇がお作りになった御歌に合わせて、朝なぎの海のように穏やかで争いや戦争のない、平和な世の中になって欲しいと心をこめて奉納する。
だいじなだいじな『浦安の舞』の心
『浦安の舞の会』会長、穴倉のり子(あなくらのりこ)さん3)、72歳は思いをこめて語る。
「日本の国は、昔から『浦安の国』と呼ばれてきました。『浦』というのは、入り江のことであまり強い波が立たない場所です。『安』というのは安らかとか安心、平和という意味があります。日本は、安心して暮らせる平和な国ということです。そして『浦安の舞』を奉納すると申しますのは、日本が本当の浦安の国になってほしいという心を、神様に受け取っていただくということなのです。」4)
薮田地区での始まり
この『浦安の舞』は、穴倉のり子さんを中心として薮田地区のお母さんたち6名によって支えられている。5)
「薮田地区ではかつて、男の子による『子ども獅子』が行われていました。それじゃあ、女の子は『浦安の舞』をということで始まったんですよ。当初、氷見市伊勢大町(いせおおまち)にあります伊勢玉(いせたま)神社の奥様、鈴木康代さんに舞を教えていただきました。それからずっと、この6名のお母さんたちが舞姫さんたちに教えてくれています。6)皆さん、仕事、家事を終えてからの練習なので大変だろうと思います。本当にありがたいことです。」
地域で育てる
「少子化で存続がむずかしい状態ですが『浦安の舞』に係わるようになってから、子どもたちと会うのが楽しみなんです。子どもたちとよく話をするようになりました。道で会うと声をかけてくれます。舞姫さんたちのお幸せをいつも祈っています。」という皆さんの言葉の中に、伝統文化を伝えているだけではなく、地域で子どもたちを育てている姿を感じた。
「もっと、腕を上げて。」「足の運びはこうして・・・。」と教える方も、教わる方も7)真剣である。8)「本番は間違えないように、きれいに踊りたいです。」9)と元気よく話してくれた4名の舞姫たち。10)本番では練習の成果が十分に発揮されていた。11)
浦安の舞が踊られた12)
元旦際の開始前13)
神主さん14)
扇の舞15)
鈴の舞116)
鈴の舞217)
鈴の舞318)
退場19)
集合20)
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