現役バリバリ 90歳!!

「田舎の山で木を育てとるだけですちゃ。」と笑顔で迎えてくれたのは、氷見市仏生寺(ぶっしょうじ)にお住まいの中田市郎(なかだいちろう)さん。1)大正5年生まれの90歳。氷見の林業界においてこの人の右に出る人はいない!!現役バリバリの林業家である。かと言って、決して厳しい印象など全くなく、とても気さくで優しい。なんとも素敵なおじいちゃんである。

木を育てる

中田さんが家業である林業を継いだのは22歳、昭和12年のことである。
「戦争に10年ほど行ってましたれど、それから山へ入ったままですちゃ。傍からみれば大変な仕事に見えるかもしれませんが、そんなに苦しいと思うことはなかったです。自分の好きなようにやってきておりますもんで。この時期にはこうしてやらんならん、こうなったらこうしてやらんならんと、どうすれば楽にできるか、どうすれば木が喜んで育ってくれるかということがわかっておりますもんで。2)ようやく身についてきたなと思った時には、早90歳になりました。」さらりと語る中田さんの言葉は、とても深くて心にしみいる。私が想像できないほどのご苦労もされてきたのだろうと思う。が、とても楽しそうである。

炭をつくる

中田さんのお宅では、囲炉裏に炭を焚いている。3)
「今から15年前、75歳の時に炭の火が恋しくなりまして、昔2年ほど修行したのを思い出して炭焼きをしておるがです。炭焼き窯も自分で作っとります。4)ガスや灯油だとわからんですけど、火ならすぐ暖ったかみが伝わってくるでしょう。」5)
確かに、ほこほこと暖かい。ほんわかとした火のぬくもりである。ずいぶん懐かしい気がする。
「定年を過ぎて、炭焼きを教えてほしいという方が何人もおいでたんですよ。その方たちになぜかと尋ねると、ずっと会社勤めで、人様にああしなさい、こうしなさいと指図ばかり受けてきた人生やったから、自分で好きなことをできる毎日を送ってみたいと。炭なら自分で木を切り、自分で焼いて、使うことができる。わけてあげることもできる。好きな値段つけて売ることもできる。」
こうして、中田さんの魅力に惹かれて集まってくる人は多いんだろうなと思う。中田さんの笑顔は、ほんとうに優しい。

中田さんの山

「この山は15丁(1丁=10,000u)ほどありまして、昭和18年に林道をつけました。6)道がなければ人が入れないので荒れてしまう。それから杉を植林して、畑も作りました。現在、山の木は、12,000本ほどあります。杉は苗木を植えてから使えるようになるまでに、30年から50年かかる。孫の代になって、やっとものになります。切り出した後に、また苗木を植えて、10年間は雪で倒れないように支えをつくってやらんならん。毎日、下草刈して、1本ずつ枝打ちをして、りっぱな杉の木に育てるには手間がかかります。7)まっすぐな木でないとお金にならんがですよ。」
今のスピード社会において気の遠くなるような年月と作業である。中田さんの愛情をたっぷり受けた杉の木は、誇らしげに、どれも天に向かってまっすぐに伸びている。ふと、人間も同じなのではないかと思えた。愛情をかけて育てていこう。

枝打ち

山の仕事は8)今では2時間ほどしかできませんれど、小雨ぐらいなら毎日山へ行きます。9)枝打ちをするためのこの道具を使って、10メートルくらいまでなら登れます。10)しゃくとり虫みたいにして登っていきます。11)」実際に登るところを見せていただいた。とても90歳とは思えないお元気さである。12)下から見上げるだけの私たちは、13)ただただ、驚くばかりである。14)

健康で長生きの秘訣

「朝、山へ行って、昼飯を食べに家へ帰ってきて、また午後から山へ行く。一日に2往復しておりました。それに、緑は健康にいいと聞いております。季節ごとの山の幸をいただき、春先になると、うぐいすの鳴き声を聞き、のんびりと仕事ができる。会社勤めと違って、人様と問答することもなしに生活してこられた。仙人みたいなものですちゃ。それに、氷見は、魚もおいしく、大好物です。おかげ様で、あまり病気もせずこれたのは、そういう生活が役に立ったんだと思うとります。山の環境は格別ですよ。」
「土、日になると孫と一緒に山へ行って、少しずつ山の仕事を教えております。山の境も覚えてもらわんならんし。」今は勤めに出ているお孫さんが、後を継いでくれるからと、中田さんの笑顔がますます嬉しそうである。魅力あふれる中田さんから、たくさんの元気をいただいた。

2005年11月15日(火)取材
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